はいどのはなし

どうしても嫌なことから逃げる勇気を持とう。というか持ちたい。

はいど
はいど
どうも、勇気をもって学校を早退したはいどです

一番持ちづらい勇気って自分のための勇気じゃないですか?

少なくとも僕はそうです。

今までいろんなことを辞めてきましたがそのたびに心がズタボロになるような痛みを味わってきました。

「勇気を持とう」とタイトルで言いましたが僕自身が「勇気を持ちたい」がために考えてることを今日は書いていきます。

辞めるとはどういうことなのか

自分を守ることだと思ってます。これが今の僕の中では最適解です。

だって自分にとって安全な場所から遠ざかろうとは思わないじゃないですか。

ここが居心地悪くて、危険で、耐えきれないから離れるんですよね。

それを止める必要って実際ない。

何を辞めたいのか、なぜ辞めるのか

ここにみんな共通するものがあると思うんです。

辞めるのは自分に害をなすもので、辞めたいのは危険を感じてるから。

こころが、もっと言えば本能が助けを求めてるから、やめたいと思うはずなんです。

周りの目が怖すぎる

そもそも周りの目ってなんだ

僕は周りの目を超気にする人間です。

あの人に何か言われたら、この人に嫌われたらっていつも思ってます。なかなか攻めの姿勢をとれない。受け身以前に体を一ミリも動かせない。

だけど周りの目ってなによ?と反抗的に思ってもいるんです。

世間とは何なのか、あなたではないか(意訳)というような問いが『人間失格』にもあった気がします。

「周り」のせいにしながら自分の身にこれから降りかかるであろう困難を恐れているのか、目の前の人の意見を世間の意見だと錯覚しているのか、そのどちらかでしょうね。

自分らしく生きることは悪いことか

これがどうも難しいところ。

学生という身分の特徴なのか、僕の周りには死んだような顔をして自由な人を見下す大人が多いんです。

自由を求めてはいけない、自分らしくなんていけない、耐えろ、我慢しろという洗脳がいまだに解けていません。

だけど「不自由を選べ」という意見を洗脳だと知っている今の自分は少なくとも去年とは違います。

「逃げ」て何が悪い

よく言われます、やめるなんて「逃げ」だと。

逃げるな、甘えるななんて言われたらそりゃあ萎えます。

でも逃げないと前に進めません。会社や学校を辞めて、世間から異常とみられるような生き方をして幸せになってる人がたくさんいます。僕はそっちを目指したい。

堂々と逃げなきゃいけません。

辞めるハードルは高いけど

ほんとにいろんな壁が立ちはだかるもんですね。

この臆病を振り払えないでいるのはひとえに自信がないからだと思います。

だけど、自分の人生を生きたいが責任は負いたくない、なんて甘えをいつまでもやってるワケにいきませんから。

ここはひとつ、自分らしく生きる勇気として「辞める勇気」を持ちたいと思います。

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